VICの窓から

2023年6月

白いラベンダーの発見

 昭和63年(1988)から栽培事業が始められたという美郷町ラベンダー園。千屋地区の大台野広場内 奥羽山脈を背にした水はけの良い傾斜地一面にラベンダーが広がり香る。ここで発見されたホワイトラベンダー「美郷雪華」や、北海道中富良野町との交流で寄贈された濃紫早咲など、7品種約2万株が植栽されているという。四季を通して適切な管理が行われているのだろう。色づき始めたラベンダーに、手間暇かけた栽培にたずさわる人々の期待と安心のまなざしが注がれる。珍しいホワイトラベンダーは美郷町オリジナル品種として平成25年品種登録された。
やがて辺り一面を白と紫色に染めて、ラベンダーまつりが開かれる。広場内のベンチでさわやかな味も楽しめる。

坂本東嶽邸

 明治29年(1896)に発生した陸羽地震(真昼山地の地下を震源地として岩手県側、秋田県側で被害が出た)では、落差3mほどの断層が出現
奥羽山脈の西麓仙北市から美郷町へおよそ40kmにわたり千屋断層と呼ばれる。千屋地区には、千屋断層学習館と坂本東嶽邸(さかもととうがくてい)があり、地震前後の屋敷などの様子が写真資料で展示されている。

 大地主として発展してきた坂本家。7代坂本理一郎(東嶽)氏は、政治家・文化人。地震で甚大な被害を被った故郷千屋の村づくりを推し進めた。今も松や杉の並木道が残っている。農業生産の向上の為、乾田馬耕を奨励して明治35年秋田県内でも早く耕地整理が始まったという。
また、多額の私財を投じて、青年農民育成のため果樹・養蚕・植林などに力を注いだ。大きな玄関屋根は丸みをもった唐破風 蔵や奥座敷・庭園などを見る事ができる。地域を見渡せる場所に建つ坂本邸。さわやかな風が庭をわたってくる。

払田柵跡

 明治35年坂本理一郎氏が耕地整理の際、自己の所有する土地に深く溝を掘ったところ、200本の角材が出土した。
これらは下駄に加工されたり、薪材に使われたという。やがて払田柵跡(ほったのさくあと)の外柵(がいさく)であると発表され、昭和5年池田家(東北三大地主)分家 払田池田家庭園で出土遺物展示がされた。庭園は払田柵跡の指定地内に位置している。払田柵跡の東門が北東を向いていることや、絵馬や木簡から馬の交易も考えられ、奥羽山脈を越える道の可能性も想定されている。払田柵跡は発掘調査が進み、復元されて散策する事ができるようになっている。

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